「私はJMP 9の頃からのJMPユーザーです。食品化学工学分野(食品を対象にした化学工学)の実験で、操作条件(温度、時間、混合物であれば配合比等)の最適化のために、実験計画法、特に中心複合計画法を実施する際にJMPを活用しています。」(三浦氏)
課題 | 低糖質のスポンジケーキを開発するにあたり、材料の1つである薄力小麦粉の代わりとなる、焼き上がりが柔らかでよく膨らむ代替素材が必要だった。 |
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ソリューション | JMPの「応答曲面計画」プラットフォームで、中心複合計画を実施。スポンジケーキにおける素材と理化学的特性との関係を調べた。 |
結果 | 薄力小麦粉代替素材について、構成素材の最適な配合を見つけることができた。 |
国立大学法人岩手大学 農学部 応用生物化学科では、化学と分子生物学的手法を用いて、食品加工技術の開発等の研究を進めている。その食品工学研究室において、低糖質菓子の製造技術の開発で成果を上げているのが、国立大学法人岩手大学 農学部 応用生物化学科 食品工学研究室 教授 三浦 靖(まこと)氏だ。
「低糖質食品は、いまやテレビのCMや街中のコンビニエンスストア等で当たり前に見かける商品です。また、菓子だけでなくビールや冷凍食品など幅広い食品カテゴリーで展開される人気商品となっています」と三浦氏。
元々、「低糖質」というワード自体は、10年ほど前からインターネットで検索数が上昇傾向にあった。しかし、コロナ禍に緊急事態宣言が出され、在宅の機会が増えると、「低糖質」や「ロカボ(適正な糖質量を意識した食事を行うこと)」への関心が一層高まることとなった。
このような経緯で、当初は糖尿病懸念者、罹患者向けに開発された低糖質食品は、いまや健康意識の高い人々の間でも浸透し、大きな市場を形成するに至っている。
三浦氏は、こうした低糖質食品の開発者の1人であり、大学での研究にとどまらず、企業の新製品開発にも積極的に関わっている。一例として、青森県八戸市で50年の業歴を有する製餡(あん)企業向けに低糖質原料を開発し、通常製品より糖質を約60%カットしつつも従来品の味と食感を損なわない「どら焼き」の商品化に貢献したことなどが挙げられる。
さまざまな低糖質食品の研究開発を行う三浦氏が、自身の研究例の1つとして2022年のDiscovery Summit Japanでも取り上げたのが、低糖質スポンジケーキの開発だ。
「スポンジケーキは通常、薄力小麦粉、全卵、ショ糖がだいたい同じくらいの比率で入っているため、相当に糖質が高い食品と言えます。摂取エネルギーを低減しつつ、食感に優れた低糖質のスポンジケーキを生み出すには、薄力小麦粉を代替する素材について、その配合を最適化する必要がありました」と三浦氏。
実際のところ、ただ糖質を低くするだけでは売り物にはならない。柔らかくてよく膨らむ食感の良いスポンジケーキにすることが必要で、そのためには多くの課題があった。
「研究を進めるにあたって、最も苦労したのは素材の成分の組合せでした」と三浦氏は述べる。「『そもそもケーキはどうして焼きあがるのだろうか』ということを界面コロイド科学、レオロジーの観点から考えると、生地の力学物性や界面物性はこうならなければならないとおおよその想像がつきます。そこで、それを実現させるための成分は何だろうかと探しまわりました」と同氏。
試行錯誤を繰り返し、代替素材の3成分(脱臭全脂大豆粉末、低カルボキシメチル化セルロース、難消化性澱粉)を特定できた三浦氏は、次に、その3成分をさまざまに配合した試料を用いて、スポンジケーキの素材となる成分の配合割合と生地の嵩(かさ)密度、さらに内相の硬さの関係性をJMPで分析し、膨らみ、成形のしやすさ、硬さについての傾向やパフォーマンスのデータを収集した。
「私はJMP 9の頃からのJMPユーザーです。食品化学工学分野(食品を対象にした化学工学)の実験で、操作条件(温度、時間、混合物であれば配合比等)の最適化のために、実験計画法、特に中心複合計画法を実施する際にJMPを活用しています。」(三浦氏)
次に同氏は、代替素材の成分配合をどうすれば、よく膨らんで適度に柔らかいスポンジケーキができるのか、JMPで中心複合計画を組んで実験を進めた。
その際、脱臭全脂大豆粉末と低カルボキシメチル化セルロースを因子に設定し、中心複合計画によって得られる実験から応答である嵩密度と硬さの値を求めた。そして、その後に応答曲面モデルをあてはめて、応答の値が最小となる因子の水準値(%)を出した。それら2つの水準の値が決まると、残りの難消化性澱粉についても値が決まることになる。
JMPでは「満足度の最大化」の機能で応答の要望を満足する因子の水準値を求められるが、この機能を使い、最適と思われる配合(脱臭全脂大豆粉末14.5%(w/w), 低カルボキシメチル化セルロース2.21%(w/w), 難消化性澱粉33.29%(w/w))を明らかにした。
三浦氏はさらに、最適と思われる素材の配合でスポンジケーキを調製し、そのときの嵩密度、硬さを測定した。これらの測定値と、応答曲面モデルにより求められた予測値と比較し、値がほぼ同じになっていることを確認。いわゆる「確認実験」をおこなったのだ。
「『検証』ですよね。実験を実施するなら、必ず検証まで行う必要があります」と三浦氏。
万が一、実験の結果だけを出してそれで安心してしまい、実証もしないまま先に進めてしまうと取り返しのつかないミスに繋がる恐れがある。
そうならないためには、「検証」すなわち実際にその配合でスポンジケーキを焼いてみて、ほぼ予測値に近いものが焼きあがることを確認することが必要だ。そこまで徹底して初めて、「最適な配合を見つけた」と言うことができる。
長年にわたって実学分野で研究し、企業との製品開発に携わってきた三浦氏は、確認実験等の実践を疎かにしない姿勢こそが、結果的に実りある成果を生み出す秘訣であるということを示してくれた。
かつては「甘いお菓子は太る」のが常識だった。しかし、それがもはや過去となった今、より多くの人に、より多くの笑顔を届けられるように、三浦氏は統計ソフトによるパワフルな分析と人の手による実践をもって日々の研究を続けている。