「耐用期間を超えた機器の修理は、延命処置であるが根治術ではない。可搬型医療機器の場合、主要部品の劣化は機器の寿命を意味します。無理な修理は、安全性を損なうばかりでなく、ライフサイクルコストを跳ね上げます。経営側に納得してもらう科学的根拠が必要でした」
— 筑波メディカルセンター病院
上條 秀昭(かみじょう ひであき)氏
ユーザー事例
可搬型医療機器の経済寿命を予測
経年劣化に伴う使用中の不具合をゼロへ
筑波メディカルセンター病院
課題 | 医療機器は、メーカー自主認証による耐用期間が定められている。しかし、実際は修理を行いながら耐用期間を超えて使い続けられることもある。適切に機器の更新ができないと、使用中に不具合が発生したり、予算との大幅なずれが生じたりする恐れもある。更新時期について、安全性と経済性という相反する側面から評価する必要があった。 |
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ソリューション | JMPを導入し、寿命予測モデルを確立。筑波メディカルセンター病院における経済寿命は耐用期間の1.5倍程度と推定した。 |
結果 | シミュレーションに基づき計画更新を実施。使用中の経年劣化に伴う事後対応、緊急購入のリスクを極小化し、予算内での運用が可能になった。同病院の運用状況におけるライフサイクルコストが最適化され、同時に安全性を確保した。 |
生命維持管理装置の操作および
保守点検を行う「臨床工学技士」
公益財団法人 筑波メディカルセンターが運営する筑波メディカルセンター病院(以下、筑波メディカルセンター病院)は、茨城県の県南地域に位置する。1985年の開院で、病床数は453床。「地域社会と連携・協働し、患者中心の医療を実践します」という経営理念を提唱し、地域医療支援病院として、救急救命センターや地域がん診療連携拠点病院などの役割を担っている。
第五次医療法改正で、医療機器の安全管理体制を確保しなければならないことが明記された。同病院では、2011年4月より、病院長の号令の下、可搬型医療機器および材料の管理を目的とした多部門連携組織「医療機器・材料ユニット」が発足した。医療機器安全管理責任者を中心に、医師、看護師に加え介護士や購買管理部門、そして、臨床工学技士が連携する体制は全国的に見ても珍しいという。そのチームで活動を推進しているのが、医療機器・材料ユニット 臨床工学科(機器管理) 上條 秀昭氏だ。
臨床工学技士は、医療技術職では珍しく工学系専門科目を履修したエンジニアである。臨床工学技士業務指針の一つとして、機器管理業務がある。主に、病院内で使われる可搬型医療機器の保守点検と故障時の対応や安全教育を業務としている。また、品質改善活動や全体最適化に向けた活動を行っている。
分析対象となった、「自動輸液ポンプ」(以下、「輸液ポンプ」)は、点滴の量を正確に制御する機器である。台数が多く患者さんが持ち歩くことも多い。もちろん、スタッフの観察下で使用されており、フェールセーフとして異常が発生すればアラームが鳴り停止する。これまで、機器の異常が原因となる健康被害は発生していないが、病棟で異常と判断されれば速やかに他の機器に交換されると共に「修理/点検依頼」が入り、原因究明が行われる。多くは、転倒・落下やMRI(高磁場環境)への持ち込みなど「事故」と「使い方」の問題であるため、日ごろから指導し、病院全体への周知を行っている。日常点検や定期点検を実施しているものの、筐体の割れや薬剤による汚染などエラーが発生しないマイナートラブルは後を絶たない。治療や検査に注力しても、機器の維持管理に目を向けるスタッフは少ない。管理の難しい機器のひとつである。
上條氏は、「患者さんは、購入時と同等の安全性が確保された機器で治療を受ける権利があります」と話している。
JMPで医療機器の寿命を予測
輸液ポンプについて、同病院では2014年ごろから、経年劣化による故障が散見されるようになってきた。2016年、上期だけでほぼ前年並みの故障が発生。AC電源を繋いでいると正常に作動するが、バッテリー駆動にすると流量異常が発生してしまう。バッテリーを交換しても症状は変わらない。
「基板の劣化に伴って、電流値の変化が誤動作を引き起こしているのではないかと推測しました。メーカー修理も高額で、修理しても新品に戻るわけではありません。耐用期間を超えた機器の修理は、延命処置であるが根治術ではない。可搬型医療機器の場合、主要部品の劣化は機器の寿命を意味します。無理な修理は、安全性を損なうばかりでなく、ライフサイクルコストを跳ね上げます。経営側に納得してもらう科学的根拠が必要でした」(上條氏)
そこで、JMPを活用することにした。同病院には分析を専門に行う部署もスペシャリストもいないため、非専門家でも時間を掛けず簡単に分析できるツールを求めた結果だった。まず、2014年4月~2016年9月までの2年半の期間中に運用した166台の輸液ポンプを調査した。集計すると、運用中止件数は33件。うち、経年劣化による内部電子基板の異常によるものは17件であり、残りの16件は複合要因を伴う運用中止であった。事故や原因が特定できない場合、メーカーへ修理見積りを依頼し、高額であった場合は修理を見合わせることもあった。もちろん、運用中止の要因は経年劣化だけではない。しかし、この程度の情報だけでは、投資に値する充分な動機にはならない。リスクを明らかにする必要性を強く感じた。
さらにデータを深掘りしてみた。Kaplan-Meier法を用い、推定点から、ロジスティック5Pモデルをあてはめ、輸液ポンプの「生存関数」を作成した。これにより、ある時点から次の1年で運用中止になる確率(ハザード)を求めることができる。ハザードの総和を年間運用中止台数の推定値とした。結果、2016年9月30日時点に運用していた輸液ポンプのうち、約28台が今後1年以内に運用中止になることが予測された。
「運用8年目を迎えた輸液ポンプが次の1年間で寿命を迎える可能性(ハザード)は約2.7%でした。中長期計画更新のシミュレーションをしたところ、平準化には年間約20台が必要であることがわかりました。経年劣化による使用中の故障を年間に1台未満を目標とした結果、ハザード5%を閾値とし、9年目を迎えるまでに計画更新したいことを会議で報告しました」(上條氏)
臨床工学技士は、医療技術職では珍しく工学系専門科目を履修したエンジニアである。臨床工学技士業務指針の一つとして、機器管理業務がある。主に、病院内で使われる可搬型医療機器の保守点検と故障時の対応や安全教育を業務としている。また、品質改善活動や全体最適化に向けた活動を行っている。
— 筑波メディカルセンター病院
(左) 大徳 真弓(だいとく まゆみ)氏
(右) 上條 秀昭(かみじょう ひであき)氏
使用中の経年劣化による故障はゼロになった
予算化は、実現した。2018年4月1日現在、運用中の個々の輸液ポンプに対するハザードの総和は大きく低下した。そして、2018年度に入って事故を除く経年劣化による使用中のトラブルはゼロである(2019年3月現在)。さらに、ゼロになったのはそれだけではない。2018年度、筑波メディカルセンター病院は、メーカーへの輸液ポンプ修理依頼を1件も出していない。計画更新、または、院内修理で完結している。メーカー修理には高額なコストがかかるため、このコスト削減効果は大きい。設計的なアプローチから、根本解決・再発防止へと導いた。
「適正な機器更新はコストではありません。投資です」(上條氏)
統計的アプローチをさらに取り入れデータ駆動型の意思決定を推進したい
上條氏は、現在の取り組みに加えて、今後は眠っているデータを発掘し、客観的な事実に基づき合理的な意思決定に繋げていきたいと考えている。
「我々の最大の強みは、現場を知っていることです」(上條氏)
製品自体を使用者のばらつきに影響されない設計にすれば、大抵の問題は起こらないはずである。現場から原因を的確にフィードバックできれば、開発のスピードは飛躍的に上がるだろう。また、最近では「医工連携」が推進されている。「医工連携」とは、医療と工業(産業)の協業によって新たなソリューションを生み出すことである。
上條氏は「医工連携」の未来について次のように語った。「我々臨床工学技士の担う役割は大きいと考えています。医工連携は、病院の中だけでなく、幅広い社会貢献に繋げられるコンセプトですから」。
上條氏は日常的な品質改善活動も積極的に行っている。同氏のバイタリティーは、いったいどこから生まれてくるのだろうか?
「私がやってきたこと、そして、これからやろうとしていることは、中学生時代に仲間と取り組んだ夏休みの自由研究『雑草の生命力』の延長線上でしかありません。恩師と仲間に支えられてやり切った思い出、それが今に至っています。いわば、仕事の質にこだわる大人の自由研究なのです」(上條氏)
患者さんが安全に、そして安心して治療を受けられることを最優先に考え、好奇心をいつまでも持ち続ける上條氏。JMPは同氏の志を支え続けている。
「私がやってきたこと、そして、これからやろうとしていることは、中学生時代に仲間と取り組んだ夏休みの自由研究『雑草の生命力』の延長線上でしかありません。恩師と仲間に支えられてやり切った思い出、それが今に至っています。いわば、仕事の質にこだわる大人の自由研究なのです」
(上條氏)